研究会の意図

研究会の意図

 

 リハビリテーションの分野に向けて

 組織の活性化のために

 文化になるとは

 

リハビリテーションの分野に向けて

 

そもそも、『リハビリテーションは「コーチング」の個人セッションである』といっても過言ではないでしょう。つまり、リハビリテーション専門職である、医師・理学療法士・作業療法士をはじめ、看護師や介護士、ケアマネージャー、相談員などを含めて、私達は専門的な知識を学んでしっかり理解しています。

そして、普段接するクライアント(患者様や利用者様)に対して指導・助言をしていくわけです。

ただ、皆さんいかがでしょう。
私達が提供した専門的な知識を、目の前のクライアントの方はどれほど実行してくれているでしょうか。もちろん、忠実に守っている人もいるでしょう。でも、そうではない人もいると思います。

しかも、問題となるのは「大事なことなんだけど、やってくれない」人ですよね。

私達は専門家として重要な助言を日常的に行いますが、「本人のやれる、無理のない範囲で」と言って、まずはやりやすいところから実行に移していくことが多いです。

このこと自体が悪いわけではありませんが、でもこうやって相手にペースを合わすことに主眼を置いてメニューを進めていくことにこだわり過ぎることによって、進行が遅かったり、チャンスを逃したりすることがあるとしたらどうでしょう。

「本当はやったらできるんだけど…」
「まだ本人にやる気がないから」
「ここまでは難しいかも」

よくあることだと思います。
そして、「そんなもんだ」としていませんか?

もし、こちらの指示を効果的に相手が実行してくれたら…

例えば、
病院においてはリハビリテーションが効率よく進められて改善が速くなり
職場や在宅への復帰が早まり
本人の満足度は高まり
当然、家族の負担も軽減します。

また、
在院日数が短縮できることによって
入院患者さんの回転も速くなることになり
病院経営もスリム化でき
後手後手に回っていたところに手がつけられると
組織改革自体も大きな前進となるでしょう。

さらに、
在院日数の短縮が広く実現されれば
医療費自体の削減が可能となり
国民全体へのメリットとなります。

そして、
コミュニケーションを活性化することによって、医療の質を上げ、
結果を出すことができる医療職と、そうでない医療職との違いが明確になると、
同じ国家資格を持っている者の間にも、能力による差別化が生じ、
診療点数自体にも階層が生まれ、競争もより活発になり、
しっかりやっている病医院や施設は、それに見合った恩恵が得られるようになるでしょう。

これは当然、介護保険領域においても同様です。
専門的な指示を的確に実行し、自分の身体を自らの『行動』で治していく人が増えることによって、
過剰な部分の介護サービス利用が削減でき
自分の生活を自分で管理し
皆が主体的に社会を作っていくことに貢献していくことが可能です。

私達リハビリテーションスタッフの、関わり方一つで社会に大きく影響を与えることができるんです。

私達専門家は、持っている知識を、「ただ提供する」のではなく、「ちゃんと相手が実行に移せるようにして提供する」ことを本質的に行っていくことが求められているのです。

ただ単に「うまくいいましょう」とか、「相手に合わせましょう」というだけではありません。こちらが本当に相手を『できる人』として接し続け、事実を的確に分析した上で分別し、様々な可能からアプローチをしていく必要があります。

 

組織の活性化のために

 

病院や施設に限ったことではありませんが、組織内のコミュニケーションは重要ですよね。なぜならば、組織全体の持つ意図へ向かって協働していかなければならないからです。

どこに問題があるのかは様々ですが、うまくいかないことは少なくないように感じます。

「どうしてあの人は○○なんだ?」
「どうやればあの人は○○してくれるんだ」
「あの人が変わらないとどうにもならないよ」
「なかなか難しくてねぇ」

ということはよく聞きます。どうやればいいか、何てことはすぐには分かりませんが、ただ、間違いなく言えることは「コミュニケーションの問題はコミュニケーションでしか解決できない」ということです。

周りに起こっている問題を、様々な観点から分析していくと、最終的にはコミュニケーションの問題に行き着きます。
「あの人が上司の指示を聞かないのは、上司があの人の話を聞かないから」
「あの人が自分勝手なのは、あの人の話を聴く人がいないから」
「あの人がイライラしているのは、あの人の思いが周りに伝わらないから」
「やってるのにうまくいかないのは、そのこと自体と向き合いきれていないから」

ですよね。こういった問題を、「あの人が悪い」「これが問題なんだ」と言って、本人が居ないところでいくら真剣に議論したところで、本人は何にも変わらないわけですから、結局前進しないわけです。さらに、多くの人が「他人のせい」にし始めた辺りから、組織全体が鈍ってきます。

人対人のコミュニケーションにおいて、「相手を否定し合う」のは問題外として、「相手を力付け合える関係」が創れれば、コミュニケーションの問題は一気に解決していくでしょう。

そして、これを『自然なこと、普通なこと』にすることが、当研究会の意図でもあります。

 

文化になるとは

 

コーチングはある分野において、「コーチしてあげる」という風潮があります。特に、ビジネスで「上司が部下に」というシーンが多く取りあげられていますから、仕方ないのかもしれません。

もちろん、上司が『コーチである』ことはすばらしいことです。ただ、コーチングは間違っても、
「相手を行動させる
「相手に本心を話させる
「相手をコントロールする

というものではありません。本来は、コーチもクライアントも対等であるべきです。

確かに問題や悩みや目標の源泉はクライアント側にありますので、コーチしてもらうことによって、それらが改善したり前進したりするわけですから、そういう意味では「コーチしてもらう」ことは間違いではないかもしれません。

ただそこで、
「クライアントが前進しないのは、コーチの能力次第」
「いくらうまくコーチしてもクライアントが前進しないのは、クライアントの問題」

では、お互いが依存関係になってしまいます。

そうではなく、
「クライアントは、コーチがコーチしやすいように接する」
「クライアントは、自分の中をクリアにし、素直に探究する」
「クライアントは、自分自身に責任を持って、自ら行動していく」
「コーチは、クライアントを常に『できる人』として扱い続ける」
「コーチは、自分自身も前進し続ける」
「コーチは、様々な視点から可能を開き続ける」

ことが必要です。そういった観点から見ていくときに、お互いの関係性が常に、『相手を力付ける』ものになっていることが重要なんです。

ですから、コーチする側だけにコーチングスキルを広めるのではなく、広く一般的に浸透させていくことによって、普段の何気ない会話の中でコーチとクライアントが交互に入れ替わり、最終的には「どちらがコーチだ」ということは関係なく、お互いがお互いを力付け合えるようになります。その状態になったときに、『文化になった』と言えるのではないでしょうか。